2008年02月05日

志は塩のように溶けやすい

Do it!
モチベーションアップのエバンジェリスト
ウリ坊です。

にほんブログ村 士業ブログへ


banner_01.gif
人気ブログランキングに参戦、プチっとね♪

こちらもプチっと♪
478117.jpg

司馬遼太郎氏が『峠』で次のようなことを書いている。

・・・

志は塩のように溶けやすい。男子の生涯の苦渋という
ものはその志の高さをいかにまもりぬくかというとこ
ろにあり、それをまもりぬく工夫は格別なものではな
く、日常茶飯の自己規律にある、という。箸のあげお
ろしにも自分の仕方がなければならぬ。物の言いかた、
人とのつきあいかた、息の吸い方、息の吐き方、酒の
のみ方、あそび方、ふざけ方、すべてがその志をまも
るがための工夫によってつらぬかれておらねばならぬ、
というのが継之助の考えかたであった。

・・・

継之助が心がけたという日常の自己規律こそ、「ある」
ことへの目標設定だろう。

「ある」こととは、仕事やプライベートに関わらず一生
を通して貫かれる有り様だと思う。
自ら内にあって常にそうあるべく自らを修める普遍の体
をなすもの。


別の言い方をすれば「行」と言った方がいいのかもしれ
ない。

伝教大師・最澄が1200年前にひらいた比叡山延暦寺には、
「千日回峰行(せんにちかいほうぎょう)」という荒行中
の荒行がある。

7年間をかけて通算1000日かけて行われるこの荒行は、
文字どおり命をかけて行われるのだ。なぜなら、一度始め
たら途中でやめることは許されておらず、続行不能になっ
た場合は、自ら命を絶つことが不文律とされている。



信長の比叡山焼き討ち以後400年間の記録によれば、千日
回峰を満行(まんぎょう)した僧は50人もいない。

最初の三年間は、1年のうち100日だけ行が許され、1日
30Kmを歩いて260ヶ所の霊場をめぐる。続く二年間は
1年に200日、同じ修行を行ない、この五年間で通算700日
となります。

そこから9日間の「断食、断水、不眠、不臥(ふが)の行」
にはいる。

この行を修めないと次の行に進むことは許されないのだ。

通常、人間が断食・断水状態で生きられる生理的限界は
三日間とされていることを考えれば、想像を絶する苦行
といえよう。

この行の後、六年目は1年間に100日の行となる。1日
に歩く距離は60Kmと倍増する。七年目は、前半の100
日間が1日84Km、300カ所の巡拝となる。これだけ歩く
ためには、睡眠時間はわずか2時間、夜中の12時に起き
て歩き始める必要があるという。

最後の100日間は当初の1日30Kmの行に戻る。
これで合計1000日間、歩く距離は地球1周に匹敵する
4万Kmにも及ぶそうだ。



これは、仏道に生きる決意をした人が自分を捨て去る
ために挑む苦行である。

こうした過酷な「行」は、誰にでもできることではない。
だが、何らかの「精進(しょうじん)」や「持戒(じかい)」
をもった生活をすることが大切なのは言うまでもない。
他人に言われてやるのではなく、何かを成すために自らが
すすんで行う「行」に価値があると思う。


ウリ坊も自分にとっての「行」を考えてみようと思う。







posted by マイケル・J・ウリ坊(ウチヌノ) at 08:37 | 宮崎 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | コラム
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。